膝のために、できることはやってきた。— それでも、と感じているなら。
膝専門・介護福祉士による訪問整体



長く膝を患っている方の
体で起きていること …
それは、多くの方が思っているのと少し違うかもしれません。
たとえば、頬をつねってみる。痛いですよね。
でもそれは、病気でも怪我でもありません。つねるのをやめれば、痛みは消えます。
痛いというのは、必ずしも" 壊れている"ということではないのです。
けれど、もしつねり続けていたらどうなるでしょう。やがてその場所は、本当に壊れてしまう。
膝の痛みも、これと似ています。
長いあいだ、つねられ続けているような状態、まだ壊れてはいない。でも、このまま放っておけば、いつか ——という段階。
もし、あなたの膝がまだその手前にあるのなら、
知っておいてほしいことがあります。
けれど、もしつねり続けていたらどうなるでしょう。やがてその場所は、本当に壊れてしまう。
膝の痛みも、これと似ています。
長いあいだ、つねられ続けているような状態、まだ壊れてはいない。でも、このまま放っておけば、いつか ——という段階。
もし、あなたの膝がまだその手前にあるのなら、
知っておいてほしいことがあります。
痛くなってから、ずいぶん経ちました。
病院にも行きました。
言われたことはやってきました。
痛くなってから、ずいぶん経ちました。病院にも行きました。言われたことはやってきました。
それでも、痛みは消えてくれない。
「階段を下りるのが怖い」
「歩いていると突然、あの痛みに襲われる」
「いつになったら良くなるんだろう」
「行かないと、もっと悪くなる気がする」
「……もう、これが自分の膝の限界なのかもしれない」
そんなふうに、思いはじめてはいないでしょうか。
大切なのは努力の〝 量 〟ではなく〝 方向 〟かもしれません。
あなたは、ずっと向き合ってこられました。
痛みをやわらげる薬、すり減りを補うというサプリ、筋肉をつけるための運動。膝に良いと言われることを、一つずつ試してきたはずです。
それでも良くならないのは、あなたの努力が足りないからではありません。
鍛えること、ほぐすこと。膝にはその前に、まだ試していないことが一つあります。
鍛えること、ほぐすこと。膝には
その前に、まだ試していないことが
一つあります。
関節そのものを" 整える"ということです。
• • •
その、少し違う気持ち
ここで少し、ある患者さんの話をさせてください。あなたと同じように、長く膝を患っていた方です。
その方には、同じく膝の悪い親しいお友達がいました。
ある日、そのお友達が膝を手術されたそうです。片方だけでなく両方。比べて悪くないほうの膝も、「この先どうせ悪くなるから」という理由で一緒に。
そしてその手術はうまくいきました。お友達は長い痛みから解放され、今では手術して本当によかったと、心から満足されているそうです。
ただ、その膝を見せてもらったとき、その方は、お友達の満足とは少し違う気持ちがわいてきたそうです。
ある日、そのお友達が膝を手術されたそうです。片方だけでなく両方。比べて悪くないほうの膝も、「この先どうせ悪くなるから」という理由で一緒に。
そしてその手術はうまくいきました。お友達は長い痛みから解放され、今では手術して本当によかったと、心から満足されているそうです。
ただ、その膝を見せてもらったとき、その方は、お友達の満足とは少し違う気持ちがわいてきたそうです。
「 私の膝も、いつかこうなるのかしら」
そのお友達は、何もせずに手術に至ったわけではありませんでした。
むしろ、誰より熱心でした。病院にも真面目に通い、運動も続け、良いと聞けば遠くの治療院にも足を運んでいた。それでも効果は頭打ちになり、少しずつ悪くなっていった。
二人はいつも情報を分け合い、励まし合って頑張ってきました。
あれだけ頑張っても、やっぱり行き着く先はこれなのか …… でも。
あれだけ頑張っても、やっぱり行
き着く先はこれなのか …… でも。
お友達は満足している。それはそれで、よかったのだと思う。でもその方は、どうしてもこう思わずにいられなかった。
「あそこにたどり着く前に…… 何か、別の道はなかったんだろうか」
「 最後まで、自分のままの足で歩きたい。」
その方は、ぽつりとそう言いました。
痛みを消したい、というだけではなかった。
持って生まれた自分のままの足で、誰の手を煩わせることなく、
最後まで自分の人生を歩いていきたい。
痛みを消したい、というだけではなかった。持って生まれた、“自分のまま”の足で、誰の手を煩わせることなく、最後まで自分の人生を歩いていきたい。
その、ささやかで譲れない願いが、そこにありました。
だから、その方は迷った末に私を呼んでくれました。
正直、半信半疑だったと思います。これまで積んだ経験から、また同じかもしれない。そんな疑う気持ちと、それでも、という気持ちのはざまで。
そして、はじめてお会いしたとき、その方は不安そうに、こう聞かれました。
「 先生 ……これ、良くなりますか 」
「 先生 ……
これ、良くなりますか 」
避けて通れない、心からの質問。
この質問とともに、この方の新しい話が、ここから始まりました。

もし、あなたの膝の話が、ここから変わるとしたら。
申し遅れました。「ながい訪問整体」の長井克夫と申します。膝を専門に、ご自宅へうかがう仕事をしています。
《 私の経歴と、この仕事への思いは プロフィール でお話ししています 》
さきほどの方のように、長く膝と付き合ってこられた方のお話を、私はたくさん聞いてきました。そのたびに思うのは、膝の話は、膝だけの話ではない、ということです。
楽しい場所へ向かう途中に立ちはだかる階段。親しい人に、駆け寄ることをためらわせる膝。せっかくの気持ちに、体がついてこないもどかしさ。膝の話は、あなたの毎日のそこかしこに潜んでいます。
あの方と、お友達。二人は同じように頑張ってきました。違っていたのは、たったひとつ。
「…… でも」という自分の気持ちを、見過ごさなかったかどうか。
だから、あなたにも探してほしいのです。
あなたの話は、まだ終わってはいないのですから。
何か、別の道
できることを、してきた。— むしろ、よくやってこられたと思います。
病院に行き、薬を飲み、運動を続ける。膝のために、できることを一つずつやってきた。あなたは何も間違っていません。
ただ、一つだけ。

" 正しい行い"が、その時の自分に合っているとは限らない。
たとえば、こんな話があります。
ある人がひどい目眩でふらついて、あわてて病院へ向かいました。
—— 正しい判断です。目眩がするので病院へ行く。なんの不思議もありません。
ある人がひどい目眩でふらついて、あわてて病院へ向かいました。—— 正しい判断です。目眩がするので病院へ行く。なんの不思議もありません。
でも、もしその目眩の理由が、ただお腹が空いていただけだったとしたら。病院の前に、まず何か食べることがあったのかもしれません。
正しいことと、今、本当に必要なこと。それはときどき、すれ違います。
では、膝にとってのそれは——。
膝が痛むとき、その中で何が起きているのか。
少し説明させてください。むずかしい話はしません。
関節は、骨と骨が出会う場所です。そこにはほんのわずかなすきまがある。そのすきまが整っているあいだは、膝はなめらかに動きます。
けれど、何かのはずみで、その骨の組み合わせがほんの少しずれる。すると、どうなるか。
体はそれを感知すると、その関節を守ろうとして、まわりを硬くし、動きを制限する。これは誰にでも備わっている、体の防衛反応です。
その知らせが、痛みです。

つまり今のあなたの痛みは、〝 壊れた 〟合図ではなく〝 ずれている 〟合図かもしれない。
ここで思い出してください。冒頭の、頬をつねる話を。
つねられて痛いとき、その痛みは、つねられているというサインでした。
膝の痛みも、もしそれと同じだとしたら。
——つねられているところに、痛み止めを塗り続けても、冷やし続けても、あるいは頬を鍛えて、痛みに強くなろうとしても、
つねる手は、そのままです。
痛みを和らげること、鍛えること、ほぐすこと、その前に。膝には" 整える"という方法があります。
揉むのでもありません。鍛えるのでもありません。ボキボキと鳴らすのでもありません。ずれた骨の組み合わせを、本来の位置へ戻す、関節のすきまの、ほんのわずかな調整です。
「でも、そんな些細なずれが、どうやって分かるの ?」と思われたかもしれません。
ひとつだけ、目安をお話しします。ずれていない良い関節は、触れても繋ぎ目がどこにあるのか分からないくらい、段差がありません。逆に——突き指をしたときのことを思い出してください。関節がボコっと、主張していませんでしたか。あれは、衝撃で関節が一気に大きくずれた姿です。膝で起きているのは、いわばその何十分の一。生活習慣や歩き方が、長い時間をかけてつくる、ごく微細なずれです。
だから、レントゲンには写りません。手で触れて、初めて分かる世界です。

あなたは、膝の関節 "そのもの" を、整えてもらったことがありますか 。
もし一度もなかったとしたら、それは、あなたがまだ試していない、最後の一つかもしれません。
そして、もしそれが答えなら、
痛みはサインですから——サインを送る理由がなくなれば、その役目を終えるはずです。
《 膝の中で起きていることをもっと詳しく知りたい方は 施術について へ 》


ここで、一つの疑問が浮かんだかもしれません。
「整えるというのは分かった。でも、なぜ " 訪問 " なのか ?」と。
実は、ここにいちばん大切なことがあります。
膝のずれを整える。それはできます。けれど、整えたその状態を保てるかどうかは、また別の話なのです。なぜなら、膝がずれてしまう“おおもと”の原因は、ふだんの姿勢や体の使い方にあります。そして、その長年の癖は、整えたからといって、すぐに変わるものではありません。
膝のずれを整える。それはできます。けれど、整えたその状態を保てるかどうかは、また別の話なのです。なぜなら、膝がずれてしまう“おおもと”の原因は、ふだんの姿勢や体の使い方にあります。そして、その長年の癖は、整えたからといって、すぐに変わるものではありません。
私は施術に併せて、姿勢や歩き方のお伝えもしています。けれど、それとてすぐに身につくものではありません。頭で意識しているうちは、まだ癖のまま。体が自然にそう動くようになるまでには、時間がかかります。
癖とは、それほど手強いのです。
整えても、すぐにいつもの動きに戻れば、膝もまた戻ろうとします。
だから、整えたあとが大切なのです。
整えた状態のまま、しばらく無理に動かさず、その「正しい状態」に体をなじませる。
その時間があるかないかで、膝の戻り方が変わってきます。
整えた状態のまま、しばらく無理に動かさず、その「正しい状態」に体をなじませる。その時間があるかないかで、膝の戻り方が変わってきます。
道で倒れて、息をしていない人に「食の健康」を説いても。
少し極端なたとえをさせてください。食事の重要性は本当のことです。むしろ大切なこと。でも、その人に今必要なのは、それではありません。正しいことと、その時に最適なこと。それはときに、まったく違う。先ほどお話しした「すれ違い」とは、このことです。
膝を整えることは正しい。けれど、整えた直後に歩いて帰るのなら。
その正しさは、いちばん活きてほしいまさにその時に、すれ違ってしまう。
整えてすぐに立ち上がり、歩いて、電車に乗って帰る。それは整えた膝に、いちばんして欲しくないことかもしれません。
膝が辛いと、出かけること自体がおっくうになります。「行きたくても行けない」。その気持ちも、私が伺う理由の一つです。
けれど、それ以上に、たとえ行けたとしても——整えてすぐに歩いて帰るより、動かずにいるほうが、ずっと戻りは少ない。
行けない方のためだけではありません。行ける方にも、伺う意味がある。それは、整えた状態をそのまま保つということです。
だから、私はうかがいます。
あなたのいつもの場所で整えて、
そのまま無理に動かず、過ごしていただく。
あなたのいつもの場所で整えて、
そのまま無理に動かず、過ごして
いただく。
訪問は、楽だからではありません。それがいちばん ──膝の望んでいることだから。
膝の時間
正直にお話しします。
私は、すべての方のお力になれるわけではありません。
正直にお話しします。私は、すべての方のお力になれるわけではありません。
膝のずれには、戻せる範囲というものがあります。長い年月をかけて変形がうんと進んでしまった膝は、もう組み合わせを整えるだけでは追いつかない、そういう段階も確かにあります。でも、それはずいぶん先の話です。

膝のずれには、戻せる範囲というものがあります。長い年月をかけて変形がうんと進んでしまった膝は、もう組み合わせを整えるだけでは追いつかない、そういう段階も確かにあります。でも、それはずいぶん先の話です。
誤解しないでください。少し変形があると言われたくらいで手遅れ、ということではありません。膝はそんなにやわではない。多少形が変わっていても、組み合わせさえ整えばちゃんと応えてくれる、その余裕が体にはあります。病院で変形性膝関節症と言われた方も、その多くはまだじゅうぶん間に合う段階におられます。
ただ、その余裕が、時間を忘れさせます。
あなたは、四角いメロンを見たことはありますか。
箱の中で育てられると、メロンはその箱の形のまま、四角く育ちます。
私たちの体も、少し似ています。
体の細胞は日々、少しずつ入れ替わっている。けれど、その入れ替わりが歪んだ状態のまま進むと——体は、その歪んだ形に合わせて作り変えられていくのです。
この変化はとてもゆっくりです。だからこそ“まだ大丈夫な時間 ”が長く続きます。膝が痛みはじめても、すぐに取り返しがつかなくなるわけではない。むしろ、間に合う時間の方がずっと長い。
しかし、その長さが、決断の機会を奪ってしまう。
そういう方を、何人も見てきました。
しかし、その長さが、
決断の機会を奪ってしまう。そういう方を、何人も見てきました。
さきほどの方も長いあいだ、その時間の中におられました。「これ、良くなりますか」というあの質問。膝を見せていただいてから、お答えしました。幸い、まだじゅうぶんに間に合う段階でした。
痛みが出ているということは、もうその時間がいくらか経っているということでもあるのです。
そしてもし、私の手に負えないと感じたときは、正直にそうお伝えします。
膝の痛みには、私の領分ではない別の原因が隠れていることもあります。そういうときは無理にお引き受けせず、しかるべき所をおすすめすることもあります。
それも含めて、まずは一度ご相談ください。
最後に少し、私の本音を聞いてください。
私は介護の現場にいたことがあります。そこでたくさんのご高齢の方を見てきました。膝や足を悪くして歩けなくなり、できることが極端に制限されている姿を。そして、その方たちも、かつてはあなたと同じように、なんとか食い止めようとがんばってこられたのではないか、ということを。
だから、私は思うのです。
その手前で、膝のうちに、なんとかしたい。

歩けなくなってからではない、歩けている今のうちに、まだ間に合うこの時期に、なんとかしたい。
歩けなくなってからではない、
歩けている今のうちに、
まだ間に合うこの時期に、
なんとかしたい。
正直に言います。これは私の仕事です。申し込んでいただければ、私も助かります。それは隠しません。でも、それ以上に、あなたに最後まで、自分のままの足で歩いていてほしい。
その一心で、私はうかがっています。
膝には、整えれば応えてくれる時期があります。
でも、その時期は、永遠ではありません。
正直に言います。これは私の仕事です。申し込んでいただければ、私も助かります。それは隠しません。でも、それ以上に、あなたに最後まで、自分のままの足で歩いていてほしい。
その一心で、私はうかがっています。
膝には、整えれば応えてくれる時 期があります。でも、その時期は、永遠ではありません。
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ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
きっと、あなたの中に、まだ「……でも」が残っていたからだと思います。膝のために、できることはやってきた。それでも、と感じている。その気持ちを、見過ごせずに今日まできた。ここを読んで、少しでもその答えになったとしたら、私としても嬉しい限りです。
正直に言えば、文章で伝えられることには限りがあります。あなたの膝が、今どういう状態なのか、私が実際に触れてみるまでは、分かりません。急いで決めてください、とは言いません。あなたのペースで考えてください。
ただ、ひとつだけ。
あなたが迷っている間も、膝は静かに時間を重ねています。
決めるのはあなたです。でも、膝の"応えてくれる時期"は、あなたの決断を待ってくれるわけではありません。
だからこそ——まずは、ご相談から。
いきなり施術をお約束いただく必要はありません。今の膝の状態をお聞かせいただければ、私にお役に立てそうか、正直にお答えします。相談だけでもかまいません。あなたの膝の悩み、日々感じていることを、私に聞かせてください。
ただ、ひとつだけ。
あなたが迷っている間も、膝は静かに時間を重ねています。
決めるのはあなたです。でも、膝の"応えてくれる時期"は、あなたの決断を待ってくれるわけではありません。
だからこそ——
まずは、ご相談から。
いきなり施術をお約束いただく必要はありません。今の膝の状態をお聞かせいただければ、私にお役に立てそうか、正直にお答えします。
相談だけでもかまいません。あなたの膝の悩み、日々感じていることを、私に聞かせてください。
膝専門・訪問整体 | ながい訪問整体
施術時間 / 料金
対応エリア
営業時間
ご家族の同席
約40分 / 8,800円
(出張費込み)
東京23区
10:00 〜 21:00
もちろん歓迎です。
「何回かかりますか」——このご質問だけは、お体を拝見する前に、お答えできません。長い年月をかけてできたものだからです。ただ、魔法は売りませんが、無駄に長くもしません。
いっぽうで、まだ間に合う段階かどうか ——これは、お話をうかがうだけでも、分かることが少なくありません。
送信内容を確認後、ご入力いただいたメールアドレスへご連絡します。